1979年(昭和54年)8月-東京への旅~早朝の松本駅

東京への一人旅の二日目です。場所は松本駅で、時計は5時半を示しているので名古屋から夜行急行で移動したものと思われます。
ネガをスキャンした状態のままの色調でうまく早朝の雰囲気が出ているようなので、カラーバランスは変えていないままです。

クハ86先頭の80系。

こちらはクハ85が後尾の、おそらく全金車4連。

EF64-69。

キハ55系?の2連。この編成のすぐ後ろに169系?の縦列停車。 

クモユニ81003、「海坊主」と呼ばれていた大糸線の名物車両。最後尾はクモハ60082。


中間に2扉のサハ45005。ノーシルノーヘッダーの半流はクモハ60?

EF64-1が入れ替え中。

ノーシルノーヘッダー平妻の3扉車はクハ55?、次の半流はクモハ60か?

※この記事の作成日は2019/8/4です。

1979年(昭和54年)8月-東京への旅~亀山機関区と近鉄ナロー

東京の親戚宅に手伝いに呼ばれた時の往路です。新幹線に乗って半日で移動、なんてことをするはずはなく、大阪から関西本線と中央本線経由で2泊3日での、初めての一人旅でした。

旅の始まりの一枚は並走する近鉄特急。柏原付近か?

途中の笠置駅でのキハ35。
キハ35

亀山に到着。ホームから側線上の、おそらく廃車留置のDF50の三重連を撮影。
DF50-24 DF50-53? DF50-54
DF50-24
DF50-53?
DF50-54

三線機関庫で休むDLたち。奥には小さく転車台が見える。
DF50-26 DD51-1044 DF50-23
DF50-26 DD51-1044 DF50-23
亀山機関区


四日市に移動して近鉄の軌間762mmの内部・八王子線。現在の四日市あすなろう鉄道線。
モニ210形モニ214。
近鉄ナロー モニ210形モニ214

サ150形サ154とサ152。
近鉄ナロー サ150形サ154

モニ220形モニ228。
近鉄ナロー モニ220形モニ228

サ130形サ132。
近鉄ナロー サ130形サ132


さらに西桑名に移動。現在は三岐鉄道になったが撮影当時は近鉄北勢線。こちらも軌間762mm。
ク140形ク145。
近鉄ナロー ク140形ク145

モ270形モ274。
近鉄ナロー モ270形モ274

ク130形ク136。
近鉄ナロー ク130形ク136

デ45形デ45。
近鉄ナロー デ45形デ45

ク170形ク171。

近鉄ナロー ク170形ク171

※この記事の作成日は2019/7/7です。

1979年(昭和54年)6月-関西本線旧鹿背山トンネル~2

加茂~木津にあった関西本線の旧・鹿背山トンネルの、徒歩による鉄道遺跡撮影の記録です。この記事を書いている時点からちょうど40年前のことで、記憶はすごくあいまいです。地形図を見ながら当時の行動を推測しています。

昭和51年発行の地理院地図。現地に行った時もこの地図を持っていたはず。
地図を別窓(小窓)で開く

(※鹿背山トンネル付近の地形の変遷を参考資料にまとめました。)

上の地図のAの位置の、旧線の切り通しの上の橋からの撮影。加茂側の坑口らしい黒い形だが断定はできない。
旧・鹿背山トンネル?

Bに移動。現行の路線の東西両方向。
鹿背山トンネルから加茂方向
鹿背山トンネル・加茂側坑口

Aに引き返した後Cの鹿背山橋梁。水路をまたいでいる大仏線の小橋梁を南と北の両側から撮影。
鹿背山橋梁 南から
鹿背山橋梁 北から

この鹿背山橋梁の北側に加茂側の坑口があるはず、と進んでみると、発見!!
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口

このあと、木津側の坑口を探すも見つからず。撮影場所はEのあたりだったのか、それともFの橋からなのか。画面上部に横方向に電柱が3本見えるが、これがDの位置の坑口上を通っている道路と思われる。
旧・鹿背山トンネル・木津側

このあとはおそらく疲れ果てて無口で帰路についたのだろう。
鹿背山トンネル・木津側
キハ58系×2 + キハ35系×2 + キハ58系×2
キハ58系

奈良線の木津川橋梁。手前が関西本線。
木津川橋梁

木津駅すぐ北側。手前のレンガ造りが片町線。
上戸川橋梁

木津駅のキハ10とDE10。そして天王寺に戻って今回の旅は終了。
キハ10
DE10
381系くろしお

※この記事の作成日は2019/6/28です。