廃線跡」カテゴリーアーカイブ

1979年(昭和54年)6月-関西本線旧鹿背山トンネル~2

加茂~木津にあった関西本線の旧・鹿背山トンネルの、徒歩による鉄道遺跡撮影の記録です。この記事を書いている時点からちょうど40年前のことで、記憶はすごくあいまいです。地形図を見ながら当時の行動を推測しています。

昭和51年発行の地理院地図。現地に行った時もこの地図を持っていたはず。
地図を別窓(小窓)で開く

(※鹿背山トンネル付近の地形の変遷を参考資料にまとめました。)

上の地図のAの位置の、旧線の切り通しの上の橋からの撮影。加茂側の坑口らしい黒い形だが断定はできない。
旧・鹿背山トンネル?

Bに移動。現行の路線の東西両方向。
鹿背山トンネルから加茂方向
鹿背山トンネル・加茂側坑口

Aに引き返した後Cの鹿背山橋梁。水路をまたいでいる大仏線の小橋梁を南と北の両側から撮影。
鹿背山橋梁 南から
鹿背山橋梁 北から

この鹿背山橋梁の北側に加茂側の坑口があるはず、と進んでみると、発見!!
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口
旧・鹿背山トンネル・加茂側坑口

このあと、木津側の坑口を探すも見つからず。撮影場所はEのあたりだったのか、それともFの橋からなのか。画面上部に横方向に電柱が3本見えるが、これがDの位置の坑口上を通っている道路と思われる。
旧・鹿背山トンネル・木津側

このあとはおそらく疲れ果てて無口で帰路についたのだろう。
鹿背山トンネル・木津側
キハ58系×2 + キハ35系×2 + キハ58系×2
キハ58系

奈良線の木津川橋梁。手前が関西本線。
木津川橋梁

木津駅すぐ北側。手前のレンガ造りが片町線。
上戸川橋梁

木津駅のキハ10とDE10。そして天王寺に戻って今回の旅は終了。
キハ10
DE10
381系くろしお

※この記事の作成日は2019/6/28です。

1979年(昭和54年)6月-関西本線旧鹿背山トンネル~1

高校の鉄仲間に誘われ、木津~加茂間にある鹿背山トンネルの旧線の撮影に出かけました。今でこそ旧線から分かれて奈良へと南下していた「大仏鉄道」は有名になって、廃線跡がハイキングコースになっていますが、当時は知る人も少なく遺構も道も荒れたままの状態でした。

片町線経由で出発。放出駅に入線する101系。実はこの写真は後日に撮った一枚だが、他に掲載する予定がないのでこの記事に紛れこませておく。次の写真からは当日撮影で、長尾駅に入線するキハ20。途中の田辺駅のホームや建造物を撮影。
クモハ101
キハ25 + キハ20
田辺駅ホーム
田辺駅構内通路
田辺駅本屋
田辺駅信号扱い所

腕木式信号機は撮影場所不明。
腕木式信号機

次の写真はは木津駅。マヤ34は4年前の岡山で撮ったのと同一車番の2006。マヤ34-2006
キハ35系

加茂駅について徒歩旅開始。
加茂駅待ち合い
加茂駅遠景

本線横を離れてこのあとは山道へ。
キハ58系3連

観音寺橋台をキハ35が通過。
観音寺橋台 + キハ35系
観音寺橋台 南から

反対側からの一枚。
観音寺橋台 北から

上と近い所での撮影だろうと思われる。石積み建造物の残骸と保線小屋?そしてDD51通過。
保線小屋
DD51-1039

代り映えのしない風景が続く。木の茂っているあたりが廃線跡か?
大仏線廃線跡遠景

※この記事の作成日は2019/6/28です。